独
あの時も雨だった。
思い出すのはいつも雨。なぜだろう。
静かな時を過ごしていた。
静かになることが自分にできる唯一生き延びる方法だったのかもしれない。
楽しかったかと言われればどうだろう、きっとそうではない。
でも自分を形成したあの時は何故か恋しい。あれだけ辛く寂しかったのに。
前はその時の自分が今の自分と平行して暮らしているような感覚があった。
街を歩く孤独なあの時の自分を見ている。
それさえもあの時から遠ざかれば忘れてしまったんだ。
きっといまあの時の自分とすれ違っても気付かないだろう。
それだけ今は充実しているしあの時の自分とは違う場所にいる。
それはそれでとても寂しい。
でもそんなこと結果論に過ぎず当時の自分は今の自分に憧れるはずだ。
最後
「今年で何歳になるんですか」
僕の突然の質問に一瞬ハッとしながらうつむいて黙った。
そして顔を上げ僕の顔を見ながら「94年生まれです」と意味ありげな表情を見せ答える。
この一瞬の出来事でこの人の故郷や家族、ハイライトが見えたような気がした。
惚
よくわからない感情だ。
時間は全く経過していないのにまるで昔から知っていたかのような懐かしさを追うような。
すべてをものにしたい。そんな贅沢ではないけど少しでもものにしたい自分がいる。
きっと明日で最後だろう。
だからなのか、特別なのは。
特別に考えてはダメだ。きっとほんの一瞬の一過性なものであとからバカらしくなるようなこと。
きっと夢で見たからなんだ。
ジャズ喫茶
ジャズが流れている。
普段から聴くわけでも音楽として特別好きなわけでもない。
外は東京の密集した住宅街特有の湿度の高い暑さとなんとも言えない臭いが漂っている。
それに比べてここの快適さなんだろう。
古い冷房から流れる冷気はあまりにも冷たくて今の自分にはちょうどいい。
氷をたくさん入れたミルクティーのコップには水滴がたくさん付いている。
鼻から抜けるミルクティーの香りをタバコの煙で押し流す。
身体が震える程に大音量で流れるジャズはここの主役だ。
タバコをふかしながら小説を読む。古い文学だ。
あまりにも快適な環境で読む本はなかなか頭に入らない。良いんだそれで。
外は夏だ。頭の中でぐるぐる回るたくさんの字を追いかけるように僕は外に出た。
努力
以前と比べるとだいぶ語彙が無くなっている。
その進行に気付いていた部分はあるけれど何もしないうちにどんどん進んでいたようだ。
前は毎日日記を書いていた。
自分が思うことがたくさんあったのだろう。
だんだん好奇心が無くなっていたと思うととても寂しい。
でも最近はまた努力することが少し楽しくなってきた。
その出発地点に立つまでが本当に大変である意味そこを一番努力しないといけないのだけれど。
懐かしい曲を聴いた。
あの頃のあのリアルな寂しさをあれ以来かもしれない、思い出した。
暗い訳ではない。寂しい。ただとても寂しいだけ。
確実に一人だった。それを望んでいないのに。
今となっては大切な思い出。
でもあの時のリアルな寂しさを久しぶりに感じてそれはただ単に過去を美化しているだけで、当時は本当に寂しかったのだと強く思った。
朝
朝焼けを見た。久しぶりだ。
以前は毎日のように朝焼けを見ていた。
朝のあの静けさが好きでたまらなかった。
やはりずいぶん時が経ってしまっているようだ。
僕一人ではあの時を取り戻すのはどうやら難しいみたい。
懐かしさを追いかけるだなんてこれ以上不毛なことはないって知っているのについ触れたくなる。
それは今の生活が不満だからという訳ではない。
きっといまこのような時が懐かしいと思う時なんてあっという間に来るのだろう。
そんな経験を何度もしたからもうわかるんだ。